夕方の屋上。
どこかの大学の屋上から、私は「彼」を見下ろしていた。
「彼」は私とはもう違う世界を歩き出している。
絶対に交わらない世界に「彼」はいるのだ。
私の知らない友人、私の知らない恋人、私の知らない「彼」がそこにはいた。
「取り戻しに行こうよ。」
突然、少年に声をかけられた。
‥‥‥‥…少年は「彼」だった。
「無駄だよ。‥…もう遅い。」
私はため息まじりに答えた。
知らない「彼」の笑顔。
近くて遠い。
もう私と「彼」を繋ぐ糸、「縁」はない。
「やり直しにいこう!大丈夫!君の中にはまだ僕がいるんだから!」
少年は私の手を強引に掴むと、屋上から飛び降りた。
風を切る音を聞きながら、私は「彼」にむかって、まっすぐ、落ちていった。
「彼」にぶつかる瞬間、「彼」と一瞬目が合った気がした。
気がつくとそこは、小学校の教室だった。
机に座っている私。夕暮れの教室。教室にはわずかな子供たちしか残っていなかった。
そこに「少年」はいた。
友達と遊ぶ約束をしている。
懐かしい、私のよく知っている顔の「少年」だった。
しばらく「少年」に見とれていた。
その「少年」がいつの間にか私の前に立っている。
「少年」は私に向かって、確かに話した。
「今日もいつものところで待ってるから。
あの水門の広場で。来るよね?」
「う、うん。」
「少年」はにっこり笑って去ろうとした。その手を、私はしっかりと掴んだ。
「ま、待って!!!」
私のあまりの必死さに「少年」は少し驚いたようだった。
「あのね、私‥‥」
私が言いかけた瞬間。
「少年」の後ろに、「未来」が広がった。
竜巻のような、激しい時の渦が「少年」の後ろで私を「見ていた」。
その「未来」から、私は目が離せなかった。
「何?どうしたの?」
いつの間にか少年が私の前の席に座って、聞く体勢をとってくれていた。
その優しさに涙が溢れた。
恥ずかしさと、悟りの涙が溢れた。
‥‥‥‥私には何も言えない。
そう思った。
「どうしたの?何かあるの?言ってよ。」
「少年」が私を促してくれた。
それでも、私には言えなかった。言えるはずなかった。
「未来」が私をずっと見ていた。
「今言ってくれたら、「未来」を変えることができるんだよ。
君の側に僕がいる「未来」になるんだ。
そのために君は、過去の分岐点まで来たんだろう?
さぁ、言って。
「僕」もそれを望んでいるんだよ。」
「少年」の言葉に驚いて顔を上げると、「少年」が優しい笑顔で私を見ている。
「さぁ、今、その一言だけで良いんだよ。」
少年は、尚も私を促す。
「あのね、私‥…。」
言いかけて、自分の背後の気配にも気づいた。
‥‥…私の未来。
少年の、「彼」の未来と私の未来。
今更変えることなんて、できないんだ。
私は「少年」の手を握り、首を振った。
どうして?「少年」はひどく悲しい顔をした。
その顔を見るのが辛くて目を背けた瞬間、教室の床が崩れた。
真っ黒な闇に落ちていく。
ごうごうとした嵐の中、「少年」と私だけになった。
「どうして?どうして言ってくれなかったの?
たった一言で変えられたのに。」
「少年」の焦った声が聞こえる。
「まだ間に合うよ!言ってよ!!お願い言って!!!」
叫びにも似た「少年」の声を聞いても尚、私は言わなかった。
「どうしてだよ!!僕と一緒にいたかったんだろう?!
今でも忘れられないんだろう!!??」
闇の中「少年」の声が響いていた。
「だって、君の後ろには「私のいない」輝ける未来が見えたから‥‥…」
私はつぶやいた。
いつの間にか、また最初の屋上にいた。
「彼」は楽しそうに友人に囲まれて、笑顔で歩いていた。
隣の女の子は彼女だろうか?
「彼」の世界に、この先一生、私は存在しないのだ。